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2014年3月15日土曜日

退院後の生活 1週間目

昨日は、首の傷のテープを張り替える日やった。
自分ではがして自分で貼らなあかん。
いたそーやし、緊張しそーやし、ドキドキやったけど、
思ってたより痛くなかった!!テープはがした後がこれ!

 思ってたよりきれいやんなー。すでに猫の引っかき傷ぐらいやんなー。
赤くなってるのはテープはがした直後やからと思うよ。
よかた。よかた。

退院直後は毎日飲んでた痛み止めも、毎日は飲まなくなったし、
外に出て歩く時の怖さも、だいぶましになった。
上を向けないのも、上目づかいすることや、
腰からそらせてマトリックス状態になることで、
なんとかなることがわかってきた。

雨が降った日以外は毎日外出するのだけど、
外出するとすごく疲れて、眠くなってしまう。
体力は落ちてるなー。。。と思う。

やっぱり肩こりもやばい。マッサージに行ってだいぶましになったけど。
常に首回り緊張させてるからね。がっちがちになってまう。
あと、食べ物を飲み込むのはまだ時間がかかる。
すごいのどに詰まったような感じになって苦しいんだ。

でも、傷口は毎日ちょっとづつ良くなってるのを実感する。
人間の身体ってすごいなー。
臓器半分以上摘出しても平気なんやもんな。すごいわー。
体調も良くなりつつあるので、24日出社目標を会社に連絡する。
今週末から来週はできるだけガンガン外出して、
体力つけよう思うよ。

あとね、今30歳以上でもつけられるネコミミを考案中だよ。
やはり自分がもっと普段使いでつけられるミミが欲しいからね。
完成したらここでも発表するね。

2014年3月9日日曜日

退院 上を向いて歩けない

 退院には妹がわざわざ関東からきてくれて、あと友達も来てくれて、病院近くのハルという喫茶店でお茶を飲んだよ。ここの店行きたかったのだ。
http://www.geocities.jp/toto_0657/
神の山のコーヒーみたいのん飲んだから、なんかスピリチュアルなパワーも得たに違いない。そうゆうことにしとく。

みんながお見舞いに私を励ますグッズ持ってきてくれたのもあって、帰りは行きより荷物多いし、すごい不安やったけど、妹がほとんど持ってくれて助かった。
妹は的確に入院前に私を喜ばすグッズを送ってきたり、ほんと、すばらしいです。
 ありがたや。。。。

そんで、喫茶店を後にして、駅に着くまではなんも不自由なかったのやけど、
まず、最初にわああって思ったのが、駅で切符が買えない。
上に表示してあるのが見れないのよ、首をあげられないから、

上をむぅういて、あ〜るけなぁ あ あい。

これなー。病院から出ると、この上を向けないことの不便さがある。
ゆっくりなら、首を動かすのはOK。てゆーか、定期的に動かすように指示されてるけど、
上を向くのはNG。すばやく、首を動かすのもNG。
てゆーか、入院中の生活や、病室は上を向かなくていいようになっていたのだろう。
話す人もほとんど、看護婦さんと女医さん(私の担当の外科医は女医だったのだよ)だけやったし。

友人に梅田までの切符がいくらか見てもらって、改札を通る。
ホームの表示(電車がいつ来るとかの)も上にある。見えない。
電車に乗ると揺れが首の傷に響く。ちょい痛い。
あ、これ、居眠りとかして首がっくんとかなったら、傷ぱっくりとかなるやつや!
ヘドバンなんかしたら、あかんのやろうなあ、
でもパラパラやったらおどれるのでは?などと妹と話す。
あああ。
なんか、けっこう大丈夫そうなら、自分癒し旅行でもしようかしらと思ってたけど、
あかんわ。電車乗るの大変なんだわ。

梅田に着くと 人ごみがこわい。
なんかぶつかられそうやし、ぶつかりそうになっても、
素早くよけられない。春のお洋服買いに行きたああいとかおもてたけど、
しばらく梅田もなんばもあかんな。。。

お昼ご飯は梅田で食べようかなどと、妹と話してたが無理過ぎと判断、
最短距離でのバス停を目指す。

うちに帰って、ほっと一息、手洗いうがいをしようと思うが、
あ、、うがいもできひん。。。
座ると、二人とも疲れがどっときて、昼寝した。
ほんまに一人じゃ絶対うちに帰れへんかった。妹に感謝や。。。

けっこう出来ない事あるなー。。。まあ、しかたあらへんな。
ぼちぼちやるしかない。。。




2014年3月7日金曜日

私と癌と人生と感謝と

そんなこんなで、明日(3月8日)退院です。
術後はかなり良好みたい。よかった。なにしろ声が出てよかった。
声は手術の次の日の午後には出た。ほとんどなんも声は変わらん。 よかた!
声の神経については、外科医の先生がうまいことやってくれたんだそう。

手術は成功してるようだけど、いろいろ疑問があったから先生に聞いた。

*転移は今んとこなくて、手術成功したんなら、もう癌のこと考えなくてもいいか?
→今ある分は全部取ったけど、目に見えないようなちっさい癌が、5年後10年後でてくることはある。経過観察が必要。

*甲状腺全部摘出じゃなくて、半分残してあるからホルモン剤飲まなくていいと聞いた。今後もずっと飲まなくていいのか?
→半分しかないから、機能が弱ってきたら飲まなきゃいけなくなることもある。機能を弱めないためにすることは特にないが、強いていうならあんまり昆布食べるな。

*乳頭がんでほんまに間違いないか?転移はほんまにないか?
→手術後1ヶ月後の検診で明らかになる。

だそうです。
なんつーか、これで全部おわったーーーって
わけではないんやね。あらら。。。

今回のこれで、ほんまのほんま虚弱者っていう烙印が押されてしまったようで
それはショックやけど、しょうがない。
これからもいろんな企みしたいし、楽しいことしたいけど、
私と何かやる人は私が虚弱だってわかってる人としかできないなって思う。
それは甘えかなとか今までは思ってたけど、甘えとかじゃなくて
無理したら私ほんまにあかん人やからしょうがないわ。
 それでも、私と何かやりたいって人は限られてくるだろうから
今までもそうやけど、ますます誘われなくなるやろうから
自分で企画するしかない。

虚弱者は楽しいことできないだなんて嫌だ。
徹夜できないし、タバコだめでも、パーティがしたい。
そうゆう人でも楽しめるパーティがしたい。
そうゆう人でも楽しめる遊びをたくさんしたい。
 
なんてゆーか、やっぱ癌になるといろいろ考え方変わるけど、
好きな事だけやってきたいってほんま思うわ。
自分の感覚に素直になろうと思う。
自分の信じる事をやろうと思う。


とりま、手術が成功したのはもちろん
外科医の先生のおかげ、看護婦さんのおかげなんやけど、
なんか私の中で精神的に勝てたなって思った。

最後の敵は母親だった。
手術直前に、私が自分と母親を安心させるために
きっと大丈夫だよみたいな事言ってるのに、
急に、手術を甘く見るな!など
なんだか私が不安になるようなことを母親が言い出して
何だこの人アホなんかな、こんな直前に そんなん言ってもなんもならんのにと思って
めっちゃキレて叱り飛ばした。そしたら母親逆切れしおって手術前にケンカ。
でもわたしは引かなかった。
手術前は前向きなことしか考えたらあかん、私に謝れ!言って謝らせた。
あんなに手術が失敗するイメージをたくさんしてた私が。
母親の「不安になれ攻撃」にも負けなかった。
 私は強い気持ちで手術に望めた。

それはみんなのおかげだ。

最初の頃は、いろいろショックで自己嫌悪が炸裂して、
いっそこのまま死んでしまえばいいだの、
そう考えてしまっていて
それじゃ治るものも治らんとかその辺の葛藤が大変やったけど、

Facebookとか、Twitterとか、まあ、SNSの種類はどうでもいいけど、
みんながね、すごい励ましてもらって、
ほんまに良くしてもらって、わけのわからん自己嫌悪や不安に飲み込まれずに
手術台に登ることができた。精神的に勝てたのはみんなのおかげ。
ほんまにみんなのおかげで手術成功させてもらったと思ってる。
ほんまに。ありがとう。

東京の友人知人が多いから SNSの力もあったけど、
リアルでも、大阪の友人が会ってくれたり、お守りくれたり、助言くれたり、
会社の人にも盛大に送り出してもらったし、
本当に感謝してる。
リアルの出会いでいえば、半年前に同じ手術をしたジャネットさんを紹介してくれたKT、そしてジャネットさんの存在には救われた。
半年後の明るいビジョンをあんなにくっきり見ることができたのはすごくありがたかった。彼女の存在は今後の自宅療養でもすごく支えになると思う。

手術したら治る病気なんだから、不安だなんて言ったらいけないかなとか
最初はほんと、うまく気持ちの折り合いが付けられなかったけど、
みんなが励ましてくれて、
不安でもいいよ。しょうがないよ。怖いよ。怖くて当たり前だよ。
そう言ってくれて本当に 救われた。
私はおかげで思う存分ぴーぴーこわいよーこわいよー言う事が出来た。
それで、きちんと怖さに向き合えた。

東京に大雪が降った日、たまたま私は東京に行く機会があって、
悪天候の上に、忙しい中会ってくれた、たんきゅんも本当にありがとう。
たんきゅんがくれた絵馬に書いてあった

ぽうちゃんを完全に助けてください

この言葉は、私の病気への向き合い方を変えてくれた。
声がなくなるとか、そういうのはある程度しかたないと思っていた私に
完全に助からなきゃいけないんだ、私。って思ってハッとさせられた。
 
みんな、私を完全に助けてくれてありがとう。
ほんとうにありがとう。

まあ、正しくはまだ療養しなきゃだから完全じゃないけど、
早く完全復活して
おもしろいことやります。やりましょう。
それがみんなへの恩返しだよね。

まあ、なんか締めっぽいけど、まだ終わりじゃないし終われないから
今後ともよろしくお願いします。
(更新が不定期なのは許してね)












手術後 入院の生活(3月6日)

実は、のんきにしているようで6日の朝はちょろっと大変やった。
映画見たあとも微妙にあった頭痛が、朝も続いていてどんどんひどくなっていたのだ。

あーなんで手術直後なのに私はあんなに動き回ってたのかーやはりバカなのかー
バカなんだわたしーうあー

と思ってたらあれよあれよという間に弱っていき、なんか妙に寒いしへんな不安感みたいのも来て、またプチパニック状態やった。頭痛持ちの私は頭痛なんかなれてるはずやのに
やっぱ、術後は身体が安定しないんやね。。。

ロキソニン飲んでベットでしばらく震えてたら、
看護婦が来て、私の首元の管をいじって行く。なんか言ってるけど、
頭いたくてそれどころじゃないからよくわかんない。
でも、起き上がるな、起き上がったら、再手術だぞ!と言ったのはわかったので
(そんな言い方はしてない)
じっとしてたら、おじさんが来て、
糸抜きますよー。って言われて、そうか抜糸か、思ったけど、
引き続き、頭いたくてそれどころじゃないからよくわかんない。
でも、おじさんが私の顔の近くまでくる。
ああ、おじさんのドアップいやや、、思ってたら首に痛みが。
あかん、おじさんじゃ、可愛くなさ過ぎて癒されない!
首動かせないから可愛いもの探せない!
目をぎゅっとつぶって、テディベアのことを考える。なるべく鮮明に思い出せ!
テディベアをなるべく鮮明に思い出すんだあ!ってやってたら抜糸終わった。
終わったけど、 引き続き、頭いたくてそれどころじゃないからよくわかんない
から、 そのまま寝た。。。

気がついたらロキソニンが効いたようで、ましになった。
 これに懲りて、看護婦さんにロキソニンを追加でお願いして、
以後必ず定期的に飲むようにしている。
でも頭痛はこわかったけど、頭痛の痛みに抜糸の痛みをごまかせたかもしれんことは
ラッキーやった。そしておじさんじゃなくてあの人お医者さんだった。
これで私についてる管はなくなった!身軽!!
でも、午前中の痛み疲れか、昨日親が帰ってだれも付き添いがいないせいか、
なんかぐったりして、わりとこの日はごろごろしてた。





手術後 入院の生活(3月5日)

前回の日記でよく考えたら既に3月5日になっているなあ。

手術直後のリカバリー室では、声がささやき声しかでなくて
うわーやっぱり声でないのかな?とか思いつつも、他の事(術後プチパニックとか傷の痛み)に気を取られてたから、あんまり気にならなかった。
声帯に異常が出る、出ない関係なく術後は必ずかすれると聞いていたのもある。

自分の病室に戻ってまた点滴を受けてたけど、
半分放心して「たゆたう」を聞いてたせいか、
術後ストレッチを説明にしにきた看護婦がストレッチは午後にしましょうね と言った。

なんかもうぼんや〜り「たゆたう」に聞き入っていた。

お昼ご飯が来たので、ようやく身体を起こそうとすると、
点滴の管が赤い。

あああ?赤い?

点滴のパックを見る。空っぽになっている。
あ。点滴終わりかけになったら声かけてって昨日言われたな。。。
あれ?今日も言われたか?
てゆーか何これ、血?血が逆流してんの?

わああああああ!!!

あわててナースコールするも声が出ない。

へ!へんへきは!ほわってへる!ひが!ひが!
(訳:点滴が終わってる!血が!)
というにも伝わらない。
はーい?どうされました?何号室ですか?
ゆうてるけど、おい!手術後は必ず声出にくくなるって
わかってるのに、このシステム間違ってないか!おい!
とか思いながら必死で部屋番号を伝えようにも声がでない。

なんとか感づいたのが、ナースがくる。
点滴終わったら声かけてって言ったでしょ〜とかなんとかいいながら
てきぱき点滴を片付けていった。

だあああ。手術後のぼんやりしてる時に何言うても話半分なの
しかたないと思うんやけど(泣)

逆流は別に大きな問題ないらしい。
 でも、入院素人はびっくりするで、こんなもん。血とか。。。(泣)

午後になって親やお見舞いが来る。
今思うと術後ハイになってたなあ。
なんかはしゃいでた気がする。やり遂げた感?点滴がなくなって解放された感?だったのかなあ。今しか撮れないおもしろ病人写真撮らなきゃ!とか思って撮ってもらってた。
持っているのは、手術後余分な体液?みたいのを抜く管ね。
赤いのは私の血だよ。微グロ注意ね。
見舞いが帰った後は、ずっと見れてなかった映画フラガールのDVD見て寝たよ。




2014年3月6日木曜日

手術当日(3月4日)

手術の当日は朝からご飯なし。
そんで点滴。点滴初体験やって。点滴の針入れるとかゆうてめっちゃこわいから、
お見舞いでもらったぬいぐるみ を凝視。あーかわいいかわいい!特に注目はこの青いウマみたいの。これはウミウマゆうてムーミンにでてくるめっちゃ美しい生き物なの。
こんなレアキャラのぬいぐるみ見つけてきた妹は偉いなあ思う。 ありがたや。

それで点滴されながら呼ばれるのを待つの。手術台にみんなからもろたお守り持ってくための準備してたら、呼ばれたから、自分で歩いて手術台に登る。
なんか手足を固定されて、マスクみたいのんつけられる。点滴に麻酔が入ると眠るらしい。そんとき少しいたいよと言われていたが、その通り、点滴の針のささっている腕がしくしく痛い。麻酔にかかる瞬間と麻酔からさめる瞬間はおもろいって聞いていたのに、全然おもろない!痛い!いやや〜思うてたら。

終わってたみたいやて。

気がついたら違うベット(リカバリー室)にいて、親が来たようだが記憶が曖昧だった。
ぼんやりしてたけど、なんとなく何かが嫌だった。
なんだかわからないけど、なんか嫌な感じで、すごく不安になって
意味わかんないけど、とにかくテキトーにやりすごそうと思うのに
なんかよくわかんないけど、嫌な感じはひどくなっていく。

この時は首の傷とかのどの痛みとかそういうのもあるけど、
とにかくなんかよくわかんないけどめっちゃ不快!って感じやった。
だんだん息苦しくなって、看護婦さんに、いやや不安や息苦しいゆうたら
薬を入れてくれた。

そしたら急にねむたなってきて落ちついてきた。

そのあと、別のベットの人も急にわあわあ言い出して、薬入れますよー
言われてたから、麻酔さめる時になんかいやな感じになるのってよくあることなのかもしれないな。

安静時間ってのがあって、手術後は6時間は絶対安静やて。
じーっとベットにいなきゃあかんのやて
この間に本読む人もおるって聞いてたのに、なんも持ってきてへんもん。
どないしろっちゅーねん。もーう。
音楽が聞きたくてしょうがなかった。iPhoneが欲しかった。
でも、iPhoneは持ち込めない看護婦さんに言われて、
やはりカセットでもなんでも準備しときゃよかったと後悔した。

でも薬いれてもらったあとは比較的おちついてぼんやりしてたので
意外と6時間はすぐたった。そのとき、夜の10時過ぎやったかな。

トイレに一人で行ってください。行けますか?と言われて
おう、これが話に聞いていた第一関門やなとおもて、行けると言った。

トイレは意外と近くってゆーかたまたま、私の病室がトイレのすぐそばやった。
あーiPhone取りにいったるか、せめて本を。。。とか思ったけど
やめといた。

トイレに行って、戻ってきてそのまま リカバリー室に一泊した。

朝、ご飯食べれますか?言われた。
おかゆだけど、ちゃんとした食事。できるかなーおもったけど、だいたい食べれたかな?
朝もあんまり記憶曖昧やねん。

ご飯食べたからか、部屋に戻ってオッケー言われて、部屋に戻った。
部屋に戻ってすぐiPhone探して、充電して、写真撮って、ツイッターに生還報告して、
そんで、たゆたうの曲聞いてた。

音楽っていいよね。。。

手術前日(3月3日)ミミの日

3月3日はミミの日ですね。という訳でお見舞に来てくれた人にミミをつけて写真撮らせてもらったよ。手術前日は検査がいろいろあって、血液検査、心電図、超音波検査をしたよ。友達がいろいろお見舞い持ってきてくれてはげまされたよー。
アイドルの本(これはかわいい成分補給に役立つ)
お花(これは癒しに役立つ)
お守り(これは安心に役立つ)
みんな私が必要としているものをわかっていてありがたいよ。ほんと。
入院ってほんとかわるがわるお医者さんや看護婦さんが来ていろんな話をするので、
けっこう暇でないのね。もっとすんごい暇なんかと思ってたわ。